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年金ガバナンス④ ~ 「監督と執行の分離」と「モニタリングモデル」

OECDの年金ガバナンスガイドライン第1項「責任の識別」の冒頭では、「年金基金のガバナンスにおいては、執行責任と監督責任を明確に識別し分離すべきである」と述べていて「監督と執行の分離」の重要性を強調しています。

また、第 2  項では「すべての年金基金は、統治機関を持つべきである」と述べていて、注釈(annotations)では「通常は、執行責任と監督責任を分離し、統治機関は戦略的意思決定と監督機能に特化するのが適切である」と述べています。

つまり、OECDガイドラインが想定する年金ガバナンスのベストプラクティスでは、年金基金を最終的に統治する機関は執行には携わらないことになります。

わが国のDBに例えれば、執行機関である理事長および理事会とは別に機関が存在して、その機関が戦略的意思決定と執行機関(理事長・理事会)の監督を行うことになります。

また、ガイドライン注釈では統治機関の主要な責任として以下を挙げています。
①年金基金の主たる目標と使命の設定、主なリスクの特定、主要な基本方針の設定(例えば、政策的資産構成割合を含む運用基本方針、積立方針、リスク管理方針など)
②年金基金の運営状況の監視
③内部の経営スタッフおよび外部サービスプロバイダーの選定・報酬決定・監視・および必要に応じての解任
④組織の諸活動の法令や規制等に対するコンプライアンスの確保

ここまで述べた「監督と執行の分離」の考え方には、違和感を覚える人がいるかもしれません。
しかし、これはOECDのコーポレートガバナンス原則ならびにわが国のコーポレートガバナンス・コードでも採用されている考え方です。

OECDのコーポレートガバナンス原則では取締役会の責務として「経営陣の有効な監視」が挙げられています。
またわが国のコーポレートガバナンス・コードでは「独立した客観的な立場から、経営陣(執行役及びいわゆる執行役員を含む)・取締役に対する実効性の高い監督を行うこと」が挙げられています。

コーポレートガバナンスにおいて監督と執行を分離する考え方は、「モニタリング・モデル」と呼ばれています。(なお、以下のモニタリング・モデルについての記述は、大杉健一[2013]「コーポレートガバナンスと日本経済 ~ モニタリング・モデル、金融危機、日本的経営~」(日本銀行金融研究所)の第 3 章を参考にしています。)

このモデルは 1970 年代の後半にアメリカで生まれ 1990 年代以降にヨーロッパ諸国に広がり、現在では日本を除く先進諸国ではコーポレートガバナンスのベスト・プラクティスとして方向性が完全に一致しています。

また、欧米諸国でこのモデルが採用され定着した背景には企業不祥事がありました。
つまり、「経営者のリスクテイクが過剰となることを防ぎ、企業経営が持続可能性をもって行われることを確保する」ために、モニタリング・モデルという手法が発展したと言えます。

OECDの年金ガバナンスガイドラインはコーポレートガバナンス原則を踏襲したものですから、モニタリング・モデルが推奨されているのは自然なことだと思います。
また、その目的を、コーポレートガバナンスの例を参考に整理すれば、「年金運営を担う執行陣に対する監督を通じて、過剰なリスクテイク等を防ぎ年金制度の持続可能性を確保すること」となるでしょう。

わが国の年金基金でもAIJ事件を始めとした不祥事は起こっています。
また、過剰なリスクテイクが原因で年金財政が悪化するという事例は、2000年代初頭のパーフェクトストーム時や  2008年のリーマンショック後の総合型厚生年金基金で広く見られました。

こういった事象を防ぐためにも、年金ガバナンスにおける監督と執行の分離は、わが国でも有効だろうと考えます。