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年金制度改革 ~ 社会保障審議会年金部会が再開

10/25に社会保障審議会年金部会が開催されます。
2024年の公的年金財政検証に向けて、制度改正の議論が行われることになると思われます。

報道によると、主要なテーマとして以下の二つが取り上げられるようです。

(1)国民年金の給付水準を「5万円台」維持するために厚生年金で穴埋め
(2)国民年金(基礎年金)の保険料納付期間を現行の20歳以上60歳未満の40年間から延長し、65歳までの45年間とする

(1)の記事は、「サラリーマンが厚生年金に拠出した財源を使って国民年金(基礎年金)の給付低下を抑える」という意味にとれますし、(2)は「国民年金(基礎年金)の保険料負担が増える」ことになりますから、早速、反発の声が上がっているようです。

実は、厚生労働省はすでに(1)(2)の制度改正をした場合の試算結果を公表しています。
2020年12月25日に社会保障審議会年金数理部会に提出した資料です。

(出所)第86回社会保障審議会年金数理部会(2020年12月25日)資料

上の図でケースⅢとかケースⅤとあるのは、将来の人口や経済についての仮定の違いのことです。
ご興味のある方は前回の財政検証の資料をご覧ください。

さて、上の図のケースⅤ(人口や経済についてケースⅢより厳しい仮定を置いています)をみると、現行制度のままでは給付水準調整(マクロ経済スライド)期間が終了した時点の所得代替率は、2019年度の61.7%から44.7%まで下がります。

なお、所得代替率とは、「現役世代の平均手取り収入(ボーナス込み)に対する65歳時のモデル年金額(夫婦2人世帯)の比率」のことです。
前回の財政検証資料によると、2019年の現役世代の平均手取り収入が35.7万円、夫婦2人分の基礎年金が13万円、夫の厚生年金が9万円でモデル年金額月額は22万円、これを35.7万円で割ると61.7%という値になります。

次に上の図の追加試算①、つまり基礎年金と厚生年金(報酬比例部分)の調整期間を一致させた場合の結果を見てみましょう。
所得代替率は、現行制度のままの場合は44.7%まで下がるのに対し、追加試算①では50.0%までの低下に留まります。

ちょっと不思議ですね。
保険料額は変わらないのに、なぜ給付が増えるのでしょうか?
理由は二つあります。

一つ目は国庫負担の存在です。
基礎年金の給付財源の半分は国庫負担とされています。
追加試算①では現行よりも基礎年金が増加しているので、国庫負担も増えます。

二つ目の理由は、以下の通りです。
まず、追加試算①の制度改正を行うと、厚生年金の財源を基礎年金に投入することになりますので、厚生年金だけでみれば当然にマイナスの影響が出ます。
ただ、厚生年金は報酬比例の制度ですので、その影響は給与水準によって異なってきます。
詳しい原理は省きますが、平均給与が高い人の方がマイナスの影響が大きくなります。

上の図は平均的な給与水準の人のモデルなので、その場合はトータルでプラスの効果が出ています。
もっと平均給与が高い人の中には、マイナスの影響、つまり年金額が減少する人もいるはずです。
どのような人がマイナスになるかは、今後の年金部会に資料が提出されるはずだと思います。

上の図で基礎年金の水準に着目してみましょう。
まず、2019年時点では、基礎年金の所得代替率は夫婦2人で36.4%です。

それが、現行制度を継続した場合、ケースⅤでは基礎年金の所得代替率は夫婦2人で22.2%まで下がります。
2019年の水準で換算すると、金額は35.7万円×22.2%で約8万円(夫婦二人分)となり、一人当たりでは4万円となります。

それに対し、追加試算①の場合の基礎年金の所得代替率は29.6%ですから、夫婦二人の基礎年金合計は10.5万円となります。一人当たり5万2500円です。
報道の①の「国民年金の給付水準を「5万円台」維持するために厚生年金で穴埋め」とは、この制度改正のことです。

次に。追加試算②、すなわち基礎年金の保険料納付期間を65歳までとした場合は、所得代替率は56.2%まで上昇します。
この場合は。保険料納付額が増えるので、給付が増加するのは当然ですね。

今後の年金部会の議論についての私の見通しを書いてみます。

まず、給付水準のシミュレーションはそれほど難しい作業ではありません。
年金数理部会に提示された資料と大きく変わるはずがありません。
より詳しい試算結果が、公表されることになると思います。

むしろ、「国民の納得性をどのように得るか?」が、最大のテーマではないかと考えます。

国民年金は自営業の方の制度、厚生年金はサラリーマンの制度です。
給付調整期間を揃えるということは、言い換えれば厚生年金と国民年金の財源を統合するということです。
サラリーマンの側からは、簡単には「はい、そうですか」とは言えないだろうと思います。

厚生年金の歴史は、他制度を統合してきた歴史でもあります。
今までも、三公社(JT、JR、NTT)の年金、農林年金そして公務員の年金が、厚生年金に統合されてきました。

もちろん統合にあたっては財源も移換(三公社、農林年金)あるいは財源の統合(被用者年金一元化)がなされています。
しかし、一般のサラリーマンで詳しく理解している方は、極めて少数だと思います。
感覚的には、「厚生年金に他制度を押し付けられてきた」という印象を持っている人も多いのでは思います。

また、国民年金は、本来は自営業者の方の制度です。
自営業者の方には定年はありませんから、年齢にかかわりなく働くことが可能なはずです。

したがって、「自営業者なのだから、年金の給付水準が下がっても大きな問題ではないだろう」という意見もあるはずだと思います。
「なぜ、定年のあるサラリーマンの年金財源を用いて、自営業者を救済する必要があるのか?」という意見ですね。

こういう意見に対しても、厚生労働省は丁寧に説明する必要があると思います。

なお、私自身は「上記の制度改正はやむを得ないし、厚生年金制度全体を考えればメリットを受ける人の方が多いだろう」と考えています。
そう考える理由については、年金部会の議論をフォローしながら、ご説明していきたいと思います。