この前も書きましたが、わが国ではDCの受託者責任に関する認識が希薄です。
そもそも、「DCの受託者責任」という表現に違和感を持つ人もいるようです。
このような状況になっている理由は、「企業年金の受託者責任という概念が、もっぱら資産運用と結び付けられて議論されてきたため」だと私は考えています。
1997年(平成9年)に厚生年金基金の運用規制(いわゆる5-3-3-2規制)が緩和されました。
そして同年に「厚生年金基金の資産運用関係者の役割及び責任に関するガイドライン」というタイトルの通知が厚生省から出されています。
「受託者責任ガイドライン」と呼ばれているのは、この通知のことです。
タイトルからもわかるように、ガイドラインが想定している受託者とは「資産運用関係者」になります。
DCでは、資産運用は加入者個々人が行いますから、「DCには、ガイドラインで想定しているような資産運用関係者はいない」と誤解されるのも、ある意味でやむを得ないかと思います。
しかし、わが国のDC法や法令解釈通知でも、DCにおける受託者責任は規定されています。DC制度の事業主や運営管理機関等には、当然ながら受託者責任があります。
そして、特に重要なことは「DCの受託者責任はDBよりも重く、(訴訟や受託者の行動が問題になる)リスクはDBよりも大きい」ということです。
また、その理由は「DCの場合は、受託者(事業主)の行動が個人の資産に影響を与える」という構造を持っているためです。
わが国では、こういう認識はまったくありませんね。
DC実施企業の事業主だけでなく、運営管理機関や年金コンサルタントなどのDC関係者の間にもほとんどありません。
私自身もこのような認識をはっきりと持ったのは、米国のDC関連訴訟について調査していた時です。
Jon Chambersという年金コンサルタントが2021年に公表した、“ERISA Litigation in Defined Contribution Plans”( DC制度におけるエリサ法関連訴訟)というレポートを読んだ時に、「目から鱗が落ちる」ような気持で「DCの受託者責任の重さとリスクの大きさ」についての認識をはっきりと持ちました。
このレポートの3ページに次の記述があります。
there is a fundamental difference between defined benefit and defined contribution plans that makes defined contribution an attractive target for fiduciary litigation. Although both plans are governed by the same fiduciary standards under ERISA, defined benefit plans must pay a fixed amount defined under the plan terms.
How the plan is administered, invested, or pays expenses typically has no impact on the benefit that must be paid out. With few exceptions, if the plan pays the promised benefit, would-be plaintiffs find little sympathy in the courtroom when making claims that a different management approach would have permitted the defined benefit plan to pay an even bigger benefit.
Conversely, defined contribution plans track benefits in individual accounts, and the value of each account depends on factors under the fiduciary’s control, such as the performance of investment options, fees paid to service providers, and even how the plan is administered.
So, there are many more factors that can potentially be challenged by a disgruntled defined contribution plan participant — or his or her attorney — that could trigger a lawsuit alleging breach of fiduciary responsibility.
上の文章のポイント部分を訳してみます。
①DB と DC の間には根本的な違いがあり、それが DC を受託者責任訴訟の魅力的な対象としている。
②どちらの制度もERISA では同じ基準の受託者責任を課しているが、DB 制度の場合は規約で定めた給付額を支払わなければならない。
また、制度管理方法や運用、費用の支払いなどが、DB の給付額には影響しない。
③わずかな例外を除いて、DB 制度が規約で定めた給付額を支払っている限り、「他の管理運用方法を採用していたら、もっと給付額が大きかったはず」という主張は、法廷では受け入れられない。
④それに対し、DC は加入者個々人の口座に基づき給付がなされる。
そして、個人の口座残高は、受託者がコントロールしているファクターにより変動する。
例えば、投資オプションのパフォーマンス、サービス提供者に支払われる手数料、さらには年金制度の管理方法にも口座残高は影響される。
⑤つまり、不満を持つ DC 加入者(またはその弁護士)が異議を申し立てることが可能な要因が DC には数多く存在し、それらは受託者責任違反を主張する訴訟を引き起こす可能性がある。
ここで述べられている「DBとDCの根本的な違い」は、わが国の制度についても、まったく同様に当てはまります。
DC実施企業の経営者や担当者の方は、この認識を正しくもつことが、とても重要だと考えます。