前にも書いたように、日本生命や第一生命が団体年金向け一般勘定商品の予定利率を引下げた主たる理由は、低金利の継続ではありません。
生保のインカム利回りは今でも十分に高いですから、1.25%を保証できない理由はないはずです。
最も大きな理由は「保険会社に対する新ソルベンシー規制の導入」です。
金融庁では、2019年の5月に設置した有識者会議において、保険会社向けの新たなソルベンシー規制に関する検討を行ってきました。
検討結果をまとめた報告書は、2020年の6月に公表されています。
なお、新規制の導入時期について報告書では「2025年4月より施行といったタイムラインを念頭において、着実な検討を進める必要がある」としています。
すなわち、早ければ3年後の2025年から新規制が導入される可能性があります。
新ソルベンシー規制の特徴は、資産・負債とも経済価値で評価する点です。
ここで「経済価値で評価する」とは「金融市場に含まれる情報と整合的に評価する」という意味です。
つまり、市場価格が利用できる場合はそれを使い、市場価格が利用できない場合は、市場と整合的な手法を用いて資産・負債を評価することになります。
資産についてはおおむね市場価格が利用できます。
しかし、保険負債は一般的には市場で取引されておらず、市場価格は存在しません。
そのため負債の経済価値(時価)は「保険契約から生じるキャッシュフローを予測し、その現在価値を評価時点の金利を用いて計算する」ことで求めることになります。
上の図は、現行規制と新規制でのソルベンシー評価方法の違いを示したものです。
「ソルベンシー・マージンを(資産-負債)で算出し、それをリスク量と比較する」ことについては、変更はありません。
しかし、資産・負債およびリスク量の算定方法が変わることになります。
左側の現行規制では、資産については、責任準備金対応債券や満期保有目的の債券を除き、ほぼ時価評価されています。
しかし、負債 である責任準備金の算定に用いる利率は販売時点での利率を固定して使用しています。
また、 死亡率や事業費率の仮定も契約時点のものをそのまま使用しています。
したがって、金利の低下 や死亡率・解約率等の変動などは負債の計算に反映されず、ソルベンシー・マージンの額にも影響しません(簿価ベース)。
それに対し、右側の新規制では資産だけでなく負債も経済価値で評価されることになります(時価ベース)。
経済価値を評価する時点の金利よりも予定利率が高ければ、経済価値ベースの負債額は現行よりも膨らむことになります。
当然ながら、予定利率が1.25%の生保一般勘定の負債額は、現行よりも大きくなるものと思われます。
また、リスク量の計算方法も新規制では変わります。
現在は、リスクファクター方式と呼ばれる比較的簡素な方法が採用されています。
それに対し新規制では「各種変数(金利、株価、為替、死亡率、解約率等)が、大きく変動した時 のソルベンシー・マージンの変動幅」としてリスク が測定されます。
新しいリスク計算方法の採用により、現行と比較して特に大きな影響が出ると予想されるのは、金利リスクです。
例えば、金利が低下した時の影響を考えると、現行では債券価格の上昇により資産が増加し、負債は変動しません。
そのためソルベンシー・マージン比率は改善することになります。
しかし、新規制では金利低下の影響により、資産だけでなく負債も増加します。
一般に、生保会社では資産のデュレーションよりも負債のデュレーションの方が長いため、資産の増加分よりも負債増加分の方が大きくなると想定されます。
結果として、ソルベンシー・マージンは減少し、健全性が悪化します。
つまり、金利変動の健全性に与える影響は、現行規制と新規制で逆になることが予想されます。
日本生命や第一生命の予定利率引下げは、ここまで述べた新規制への対応が主たる目的だと考えられます。
予定利率を下げることにより、経済価値ベースの負債額の増加を抑制することができます。
また、負債の金利リスクの変動幅も抑えることができます。
新規制の導入の影響は日本・第一以外の各社にも及びます。
そのため私は、「他の生保会社も、2025年までには生保一般勘定の予定利率の見直しを行うだろう」と予想しています。