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「企業年金のスチュワードシップコード受入れ」は有効か?

先日、去年の12月の企業年金個人年金部会の議事録を読んでいたら「スチュワードシップコード受入れ」に関して注目すべき議論がなされているのを発見しました。

まず、ある委員が、
「スチュワードシップ・コードは導入から8年が経過しておりますので、そろそろ定量的な分析を踏まえた上で議論する必要があると考えます。・・・例えば、実際にスチュワードシップ・コードを受け入れた結果、投資行動あるいは収益率にどういった変化が見られたのか、データに基づかない議論をして受け入れることが受託者責任あるいは最善の利益の義務を果たしたことになるのか、そうした議論が必要になっていると考えます。」
という意見を表明しています

また、別の委員は、
「(スチュワードシップ・コードの)受入れを行うかどうかは、各企業年金が自律的・自発的に判断するものであって、強制するものではないと考えます。
 さらに、資料の中には、一定規模以上の資産残高を有する企業年金について受入れを促進するという記載がありますが、企業年金全体ではなくて、資産残高で線引きを行うことには違和感があるということを申し添えておきたいと思います。」
という意見を述べています。

私はこれらの意見に強く共感します。
そもそも私は「企業年金がスチュワードシップコードを受け入れる」ことについて、甚だ疑問に思っています。
益がないどころか、弊害の方が多いのではと考えています。
そのように考えていたので、年金コンサルティングの仕事をしていた時も、このテーマには関与しないようにしていました。

私の理解するスチュワードシップ活動を要約すると、
①(運用会社や保険会社といった)資産運用者が投資先と建設的な対話を行うことによって、投資先企業の成長や企業価値向上に貢献する。それが中長期的には株価上昇を通じてアセットオーナーや受益者に還元される。
②(企業年金のような)アセットオーナーは資産運用者のスチュワードシップ活動をモニタリング・評価、促進する。投資マネージャー選択の際にはその評価を反映する。

ということになります。

しかし、私は①②ともその実効性に深く疑問を持っています。

まず、①を具体的にイメージすると、「運用会社や保険会社のファンドマネージャー(あるいはスチュワードシップ担当部門の人)が、投資先の経営者と対話して経営の改善を実現する」ということになると思います。

しかし、そんなことが本当に可能なのでしょうか?
運用会社や生保会社に所属するマネージャーなどが、(いくつもの)投資先企業をそこまで深く理解したり関与したりできるのでしょうか?
あるいは企業の外部にいる運用会社の人が、そのような影響力を発揮することが本当に可能なのでしょうか?

この点が甚だ疑問です。

もちろん投資先を限定した集中投資型のファンドであれば、ある程度は可能かもしれません。
実際、私も集中投資型ファンドの運用責任者から、投資先への関与の仕方について伺ったことがありますし、その内容に感心したこともあります。
しかし、それらは例外的なケースであって、一般的なアクティブファンドのマネージャーが同じような活動をできるとはとても考えられません。

私が以前に所属していた生保会社は、いわゆる戦略系コンサルのコンサルティングを何度か受けています。
しかし、その効果については(当時の関係者の)ほとんどが疑問に思っていました。

また、生保会社の企画部門に所属していた際には、私もコンサルファームの人との議論に何度か参加しました。
しかし「有益な議論あるいは提案」と感じた経験は殆どありません。
実際、コンサルの提案は(実質的には)経営に全く反映されませんでした。

企業戦略のプロであるコンサルタントでさえそんな風で、実際には影響力がありませんでしたから、「運用マネージャーの意見が企業経営に影響力を発揮する」などとはとても信じられないですね。

「コーポレートガバナンスコードとスチュワードシップコードにより企業経営を改善し日本を成長させる」というのが、アベノミクスの思想だったはずです。
しかし、日本経済の成長率は実際には下がっています。
特にTFP(全要素生産性)の伸びが大きく低下しています

労働投入や資本投入以外での経済成長要因がTFPですから、スチュワードシップコードでいう「投資家との対話」の効果はTFPに現れるはずです。
TFPの伸びが大きく低下しているのは、アベノミクス下での成長戦略が効果を表さなかったためではないでしょうか。

「コーポレートガバナンスコードとスチュワードシップコードを成長戦略とするのは、かなりずれているのでは(的外れではないか)」というのが私の意見です。
「コーポレートガバナンスコードとスチュワードシップコードがどれほど生産性向上に寄与したのか」を、定量的に分析して欲しいと強く思いますね。

さて、企業年金がスチュワードシップコードを受け入れると、企業年金は運用会社のスチュワードシップ活動を評価しなければなりません。
そのためには何が必要でしょうか?

何かを評価するためには「基準」が必要になります。
例えば、人事評価に関しては評価基準として「(こういう行動を示していれば)こういうランクとする」という基準を人事部が設けている会社が多いと思います。

運用会社のスチュワードシップ活動を評価するためには、評価者である企業年金は、(明示的または非明示的な)評価基準を持つ必要があります。
それは「望ましいスチュワードシップ活動はこういうものだ」というものを各企業年金で整理したものになるはずです。

しかし企業年金現場の実態を踏まえた場合に、そんな事が企業年金の運用執行理事や運用担当者に可能だと考えられるでしょうか?
もちろん基準だけなら作れるかもしれません。
しかし、それは最終投資先の企業価値向上に、本当に裨益するものでしょうか?

手島直樹さんは「ROEが奪う競争力」という本で「エンゲージメントごっこで企業価値が破壊される」と、スチュワードシップコードを痛烈に批判しています。

「金融庁が主導するコーポレートガバナンスコードとスチュワードシップコードは、本当に日本経済に貢献しているのか?」の検証が強く求められると思います。

「日本全体で大いなる無駄な活動をしているのではないか?」というのが、コーポレートガバナンスコードとスチュワードシップコードに関する私の懸念です。