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英国における「年金危機」とは?

先週、企業年金関係者ならば気になる記事が日経に載っていました。
「英中銀、「年金危機」瀬戸際の回避」というタイトルの記事です。

記事を要約してみます。
①英イングランド銀行(中央銀行)が英国債の購入に突如、転換した。電撃的な買い入れに踏み切ったのは、年金基金が破綻する事態を避けるためだ。
②今回、苦境に直面したのは「ライアビリティー・ドリブン・インベストメント(LDI=債務主導投資)」と呼ばれ、英国の確定給付年金に普及する運用戦略だ。
③金利の急騰はLDI運用の危機につながった。金利スワップの評価損が膨らんだうえに国債など担保価値も目減りし、取引相手方の金融機関にマージンコール(追加担保の差し入れ要求)を突きつけられた。
④年金は追加担保のために国債売却を余儀なくされ、さらに国債利回りが上昇する悪循環にあった。英投資協会によるとLDIの運用規模は20年時点で1.5兆ポンドと大きく、影響が甚大になりかねなかった。

この記事には非常に違和感を覚えました。
LDIという手法が年金危機につながったというトーンですし、LDIという考え方に問題があるという印象を与えてしまう記事です。

しかし、本来、LDI は「金利変化に対する資産・負債の変動をパラレルにすることにより、年金基金の財政状態を維持する」という仕組みです。
したがって、英国で金利が上昇し資産価値(スワップも含む)が減少しても、負債(債務)の価値(負債の時価評価額)も減少しているはずです。

また、一般的には負債のデュレーションの方が資産のデュレーションよりも長いので。資産減少幅よりも債務減少幅の方が大きくなっているはずです。
つまり、財政状態はむしろ改善しているはずです。

そこで少し他の情報にあたってみたところ、やはり「LDIを採用している年金の財政状態は顕著に改善している」のが事実だと分かりました。
前記した日経の記事はミスリーディングです。

9/29日付のファイナンシャルタイムズの記事に以下の記述があります。

But to reiterate for the umpteenth time, solvency isn’t the issue. For a well funded scheme with a gilt benchmark (which describes most of them), higher yields are good. Future liabilities are discounted at higher rates. Solvency ratios improve materially.

上の記述によると、「今回の問題はソルベンシー(財政状態)ではない。金利上昇により積立比率は顕著に改善している。」とのことです。
つまり、LDI戦略は有効に機能したということです。

今回の問題は、「LDI戦略を実装するためにレバレッジをかけてデリバティブ(金利スワップ)を利用していた年金基金の問題」です。
金利上昇によりスワップに評価損が出たために、マージンコール(追加証拠金)を迫られた年金基金が資金確保のために保有国債の売却を迫られ、それが更なる金利上昇につながるという悪循環に陥ったということです。
それを防ぐために英イングランド銀行が英国債の購入したということですね。

LDI戦略の問題ではなくて、レバレッジをかけてデリバティブを利用したことから生じた問題です。

では、スワップを利用している年金基金は、どのようにこのような事態に備えるのが望ましいのでしょうか?

この点については、マーサーの解説が参考になります。
終わりの方に、「デリバティブを使う場合は、流動性危機に備えることが重要だ」と述べています。
具体的には、
「最先端では、一部の洗練された投資家は、現金と先物または現金とスワップを使用してパッシブインデックスファンドへのエクスポージャーを複製し、ポートフォリオの他の場所で担保が必要になった場合にすぐに現金を利用できるようにしている」
といった備えが必要だということです。