私が生保会社で企業年金数理室長を務めていた2001~2006年頃は、転職市場における数理人の需要がとても強い時期でした。
そのため数理室長としては、「部下がいつ辞めてしまうか?」という退職リスクにも気を配る必要がありました。
当時は代行返上ラッシュや企業年金二法創設への対応、PBO計算業務の拡大などで、数理室はとてつもなく忙しい時期でした。
ほとんどの部下は恒常的に夜遅くまで働いていましたし、精神的にも肉体的にも疲弊していたと思います。
かと言って、他部署から人を集めることもできません。
数理室の仕事は、年金数理の実務に習熟している人材でなければ、役には立ちません。
そのため、在籍しているメンバーの退職を防止することが、数理室長の重要な役割でもありました。
私としても部下の様子に気を配り、部下のモラールの状況を把握するよう努めていた積りです。
そのような状況にある中、ある総合基金で「担当となった数理人が必ず退職してしまう」というジンクスの基金がありました。
ここでは仮にA基金とします。
A基金の指定数理人は、私が数理室長になった時点で3代目(3人目)でした。
それまでに担当した数理人は、二人ともすでに退職していました。
退職した事情を調べたところ、要因はいろいろあるようですが、「A基金の数理人を務めたことも理由の一つ」であることは間違いないと思われました。
A基金の理事の中に、とても対応が難しく、数理人だけではなく営業担当者も苦慮するような人がいたのです。
ここではB理事と呼びます。
当時の担当数理人(C君とします)からも
「B理事の対応が難しい。言うことが理不尽だし、僕の話も理解して貰えない。とてもやってられない。前の二人もB理事のせいで辞めたに違いない」
という愚痴や不満を聞かされたものです。
総合基金の理事や代議員は、多くは中小企業の経営者です。
自分の会社では絶対的な権力者のはずですし、会社の規模や業績によっては地域経済にも影響力を持っている場合があります。
誰も逆らえないような人もいます。
そのような影響力のある人が理事となって、財政悪化した基金の状況にストレスを感じて、数理人や営業担当者を詰めたり責めたりするということです。
当時は他の基金でも似たようなことはありましたが、B理事の厳しさは度が過ぎるものと思われました。
また、C君は当時の私の部下の中でも特に優秀で、信念や反骨心もあるタイプでしたから、B理事の態度には我慢がならなかったのだと思います。
今から振り返れば、もっとシニアの数理人に変えればよかったと思います。
結局、C君もコンサル会社に転職してしましました。
C君が退職した時に、数理室長としては後任を決める必要があります。
自分の部下全員の顔を思い浮かべて、「絶対に辞めないのは誰か」を考えました。
しかし、当時の数理人需要の強さを考えると、「絶対に辞めないと言えるのは誰もいない」というのが結論です。
こうなれば、私が担当するしかありません。
数理室長を退任するまで、A基金の指定数理人を務めました。
ただ、私自身もその後、証券会社に転職しましたので、「A基金を担当した数理人は必ず辞める」というジンクスは、私にも当てはまったことになります。