カテゴリー
コラム

生保営業職員による金銭詐取問題③

2020年に発覚した第一生命の営業職員による巨額金銭詐欺事件の原因分析については、樋口晴彦氏の論文 「第一生命営業職員詐欺事件の事例研究」(2022年11月、千葉商大論叢)がとても示唆を与えてくれます。

なお、樋口氏は警察官僚であり、現在は警察大学校警察政策研究センター教授です。
危機管理システム研究学会常任理事、失敗学会理事も務めており、組織の不祥事等に関する多数の著作があります。

樋口氏は上記論文において第一生命事案の原因を階層的に分析し、それを下の図にまとめています。

第一生命における「元「特別調査役」(山口県)事案」の原因分析

(出所)樋口晴彦「第一生命営業職員詐欺事件の事例研究」

上の図をみると、樋口氏は第一生命事案の潜在的原因をⅠ種とⅡ種に分けていることが分かります。

まず、Ⅰ種潜在的原因として挙げられているのは、「日常的な業務監督の懈怠」「不審情報に対する調査やその後のモニタリングの懈怠」「リスクの高い取引に対する監視の不足」「コンプラアンス統括部の傍観」であり、マネジメントの不備やリスク管理態勢の不足などが含まれています。

ただし、樋口氏はそれらのⅠ種潜在的原因をもたらした要因をⅡ種潜在的要因として挙げており、それらは、「営業成績偏重の経営姿勢」「甲に対する特別扱い」「過去の不正事件に対する反省の欠如」となっています。

そして、Ⅰ種潜在的原因である「日常的な業務監督の懈怠」「不審情報に対する調査やその後のモニタリングの懈怠」が生じた原因は「甲に対する特別扱い」であり、さらに「甲に対する特別扱い」が生じた原因は「営業成績偏重の経営姿勢」としています。

すなわち、樋口氏の分析に基づけば、第一生命事案の根本原因は「営業成績偏重の経営姿勢」と言えることになります。

第一生命の報告書で挙げられている再発防止策は、主としてⅠ種潜在的原因に対応したものとなっています。
前回に書いたように「成績優秀者に対する特別扱い」に関しても触れていますが、「なぜ特別取扱いが行われるか」といった根本原因には触れていません。

また、「営業成績偏重の経営姿勢」という根本原因への対応としては「お客さま視点からの営業活動の徹底に向け営業計画を改革いたします」との方針を示しています。
しかし、「なぜ営業成績偏重の経営姿勢となるのか」「それを改めるにはどうすれば良いか」といった分析までは、残念ながら行われていません。

根本原因への対応が不十分である以上、「報告書で挙げられている対策が、営業職員による金銭詐取を防ぐという目的に照らして、どこまで効果があるか?」については、疑問が残らざるを得ませんね。

最後に、「営業職員による金銭詐取事件の根本原因である営業成績偏重の経営姿勢を、生保会社はなぜ改められないか」について、私の意見を書いてみたいと思います。

私は、以下のような構造的問題点を生保会社は抱えており、それが「営業成績偏重の経営姿勢」に繋がっていると考えています。

①営業職員チャネルを主体とする伝統的な生保会社は、営業管理のために重装備の組織や人材を抱えている。
支部・支社・本社といった組織体制および、営業職員管理・業績管理のための要員などである。
②これらの重装備の組織体制の維持コストを賄うためには、新契約から得られる大きな危険保険料および付加保険料がどうしても必要になる。
③危険保険料や付加保険料が大きな(保険会社にとって)収益性の高い保険の販売は難易度が極めて高い 。
④難易度の高い保険を大量に販売するためには、高能率な営業職員を大規模に確保することが必要になる。

結局、すでに出来上がっている生保会社の重装備な体制を維持するためには、新契約を大規模かつ継続的に獲得することが必要であり、「営業成績偏重の経営姿勢」を取らざるを得ないのだと考えます。

また、既存の営業職員チャネルが大きすぎるため、他のチャネル(代理店や通販、インターネット等)で置き換えることは現実的ではありません。
会社を維持するために必要な新契約を獲得できるチャネルは、営業職員チャネルしかないのです。

いわば、「営業職員チャネルを管理するための重装備な組織や人材体制を維持するためには、営業職員チャネルが必要」という「堂々巡り」が果てしなく行われていると言えます。

このような原理で運営されている生保会社の経営は、「根本的には営業職員が支えている」というのが真実です。
内勤職員・営業職員ともその構造は理解しているため、内勤職員が営業職員の行動を厳しく管理することには限界があります。

特に、営業成績の優秀な営業職員に対しては、内勤職員は及び腰にならざるを得ません。
樋口氏の言う「日常的な業務監督の懈怠」もその構造が招いたものと言えると思います。

以上の構造的問題がある限り、どのようなルールを整備しても、「生保業界における営業職員がらみの問題は今後も発生するだろう」と私は予想します。