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年金基金のリスク管理③ ~ カルパースの失敗

年金基金のリスク管理の失敗事例として、前回は総合基金を取り上げました
今日は、金融危機時のカルパースの失敗事例をご紹介してみます。

カルパース(CalPERS)は、米国カリフォルニア州の職員や退職者などを対象にした年金基金で、資産残高は2021 年6 月末で4,773 億ドルです。米国最大の公的年金基金です。
2021年6月末の円ドルレートは約110円だったので、円換算では約52兆円の資産規模となります。
プライベート・エクイティや不動産等への積極的な運用姿勢や、コーポレートガバナンスに関する「物言う株主」としての取組みでも知られています。

このように、一般的な印象では先進的なカルパースですが、金融危機時には資産運用に失敗し巨額の損失を被りました。
実際、2008 年の運用利回りは-27.8%と、他の主要な年金基金と比較しても大きなマイナスリターンを計上しています(下のグラフを参照)。

<主な年金基金:金融危機時の運用利回り(2008~2009 年)>

(出所)各種資料より作成

ファクター投資に関する著書で著名なアンドリュー・アングは、長期投資の重要性をテーマにした論文で、金融危機時のカルパースの行動を取り上げています。
この論文の2ページから4ページでカルパースの問題点を解説していますので、そのポイントを以下に要約してみます。

①2008 年から2009 年の混乱期に、カルパースは700 億ドルを失った。他の多くの投資家も損失を被ったが、カルパースの場合は市場サイクル順張り型(procyclical)の投資行動をとったために、損失を取り戻すことができなかった

②カルパースは、株価が低い時に(言い換えれば、期待リターンが高い時に)株を売却した。2008 年には深刻な流動性不足にも直面していたため、プライベート・エクイティと不動産へのコミットメント履行のために、株式を売却せざるを得なかった。

この時期にカルパース理事会はすっかり弱気になってしまった。金融危機前の2007 年6 月末時点で株式の比率は60%であったが、市場が下がり始めた2008 年6 月末には52%まで減少した。その後、株式を徐々に売却し、2009 年6 月末には株式比率を44%まで下げた。しかし、この行動により、2009 年上期の上場株式の株価上昇を享受できなかった。

不動産についても、市場サイクル順張り型(procyclical)な投資行動の問題点が金融危機で明らかになった。2005 年6 月末時点で不動産のウエイトは資産全体の5%であったが、カルパースは積極的に不動産投資を増やし2008 年6 月末には9.2%まで増加させた。しかし、その時には不動産市場は崩壊しつつあった。

⑤2000 年代に不動産が急上昇したため、カルパースでは、不動産を対象とする内部統制が緩くなっていた。一方で、外部の投資アドバイザーの影響力が増し、ついには不動産取引への資金配分にも裁量を持つようになってしまった。彼らはこれを利用し、不動産取引で大きな損害をカルパースにもたらした。

⑥カルパースが関わったいくつかの不動産取引では大幅なレバレッジ(借入)が利用され、中にはレバレッジ比率が80%にも達したものもあった。これらは不動産取引の共同投資家によって利用されたものであり、カルパースのマネージャーから見ても全く不透明なものであった。

⑦カルパースの運用成績は、特に2008 年に、エージェンシー問題によってもマイナスの影響を受けた。この時期には、複数の募集代理人が関与した贈収賄スキャンダル(pay-to-play scandals)も発生した。

いかがでしょうか。
「運用方針に規律がなく、リスク管理の基準もないため、市場の混乱に右往左往してしまった理事会」という印象を、私は持ちました。

特に、「市場サイクル順張り型(procyclical)の投資行動」は、金融危機時などにはわが国の年金基金の一部でも見られた行動です。

私が担当していた総合基金でも、「株価の下落に恐怖を感じて、(それ以上の損失を防ぐために)株式を売却するという行動をとったために、その後の株の戻りを逃してしまった」基金がありました。

カルパースの失敗事例からは、「運用に規律を持たせることと、リスク管理の基準を持つこと」が、年金運用では特に重要だと言えると思います。

その後カルパースは、金融危機時の失敗を教訓にしてリスク管理体制を整備しました。
その内容についても、いつか触れてみたいと考えています。